大きな努力で小さな成果を
タイトルは前回もご紹介した鍵山秀三郎さんの言葉です。
人は払った努力に対して功を焦りやすいものです。私は特にそうです。
これだけやったのだから、何かしらの成果がないと今までの努力が無駄になる。。。
年齢を重ね、経験を重ねた今の方がもしかすると昔よりのその意識が強いことに
最近気づきました。
完全なるエゴです。
何のためにと考えたときに、それが例えば自分が認められるためという内向きの
意識になっている時には、絶対的な見返りを求めています。
だから見返りを得られなかった時には、その期待が裏切られたと感じて卑屈になる、
あるいは勝手に自信を失う、自分を正当化しようとするなど、マイナスのエネルギーを
発電してしまうものです。
最近、少しずついろいろな方のお話やあり方について記された著書を読み、
(自分も含めた)みんなのためという意識を持ち、行動できているときは、
いらぬマイナスエネルギーが発生しないことを感じています。
目的がみんなのためだから、うまくいかなくても、自分を責めたり、結果に対して
感情的になったりする必要がありません。例え誰かと意見が対立しても、そういう意見
も確かにあるなという、ものの見方にも余裕が出ます。
つまり我ではなく周りに意識を向けることが、日々満たされる一つの条件なんですね。
最近、聞いた話で「我」という漢字についてなるほど!という解釈がありました。
「我」という漢字、分解すると「手」に「戈(ほこ)」を持っている様を表していま
す。これは周りに対して戈で威嚇する、敵対して誰も近づけさせないぞという
意味合いになると。
些細なことであっても自分一人のためでなく、皆のため、世界のためのいう
心のあり方の積み重ねが、より大きな物事を成し遂げるための一番の近道と感じる
今日この頃です。